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私の夢
断捨離を考えなきゃならない年齢になったというのに、最近叶うものならとふと思いにふけることがある。
12月31日にベルリンでベルリンフィルのジルベスターコンサートを聞く。
などと言ったら今更何を血迷ったのかと身内中からひんしゅく買いそうだな・・・
だから「夢」といってるのであって、実現するとは思ってない。
叶わないものだから「夢」なのだ。
ワーグナーの聖地バイロイトでトリスタンを観たいとむか~し思ってた~まああんな感じ。
バイロイト以上にチケットを取るのは困難だろうし。
ではせいぜいベルリンフィルの日本公演を狙うか?
でもそれもなかなか難しそうだ。
あっという間に完売というからねえ・・・昔のようなパッショネートなパワーに欠けるからなあ。
2011年12月31日のベルリンフィルジルベスターコンサートをNHKBSの放送録画で鑑賞した。
指揮は首席指揮者のサイモンラトル。
ちなみに2010年はドゥダメルだった。
その時のソリストはメゾソプラノのガランチャ。
何度も何度も観た。
今も時々観たくなる。
2011年大晦日のソリストはあの神童といわれたエフゲニキーシン。
いいおじさんになってた。
40歳だそうだ。
でもなんとなく少年っぽい雰囲気が残ってるから不思議。
一度生のコンサートに行ったことがある。
万雷の拍手にこたえて何度も出てきて律儀におじぎをするキーシンの生真面目な様子に心うたれた。
何を弾いてくれたのか記憶がないのだがモジャモジャのカーリーヘアとあの律儀な雰囲気と演奏スタイルは今回も全く同じだと思った。
変わったのはその演奏のスケールがものすごく大きくなってたことだろうか。
なにしろ演奏をする相棒はラトル&BPOなのだし。
曲はグリーグのピアノ協奏曲。
素晴らしい!
ピアノもそしてオーケストラも!
このグリーグの曲は超有名でほんとうに子供の頃からピアノ協奏曲の代名詞みたいに知ってたと思う。
バイオリンでいうとメンコン(メンデルゾーンの協奏曲)みたいなものだ。
どんな音源で私は記憶してたのか、昔の事は分からないけれど、今うちにあるものはクーベリック指揮のBPOでゲザアンダのピアノだということをあとで確認した。
同じベルリンフィルなのに、オーケストラの存在感が全然違うのにまず驚く。
当然のことながら今のはどう考えてもキーシンのピアノとベルリンフィルの協奏曲である。
昔はピノ協奏曲というとオーケストラはピアノを引き立たせる伴奏的役割に徹していたのかしら?
もうひとつ面白そうな音源があったので聞いてみたら、まるっきり曲が違った。
ティボーテのピアノでゲルギエフ指揮。
どうも版が違うみたい。(つまらない;;)
とにかくラトル&BPO対キーシンががっちり組み合った横綱相撲という気持ちのよい演奏で今まで認識してた北欧的メランコリックなグリーグのピアノ協奏曲のイメージがすっかり変わった。
そうしてラトル&BPOの他のプログラム!
サロメのあの踊りの曲!
火の鳥!
それから、、、それから、、ハンガリー舞曲とかスラブ舞曲とか?
え?舞曲ばっかり??
あとでもう一度見直さなくては。
分厚くて重量級なのに、なんというしなやかな煌めきだろう!
色彩感も印象派的じゃなくてやっぱり超モダンだよね!
サイモンラトルがBPOの首席指揮者に就任した頃のジルベスターコンサートはアメリカ音楽ばっかりでちょっとがっかりした記憶なのだけど・・・?
オーケストラを聴く喜びをしっかり教えられて、断捨離もいいけど、感動することを忘れてない?と問われてるような気がする。
決して忘れてないよ~~^^
気温が低いからところどころ雪がまだ残ってる。
今は本当に色彩感に乏しい季節だ。
赤い実も殆ど野鳥に食べ尽くされたし。
それなら素敵な葉っぱがあるじゃない!

ちょっと派手過ぎる葉なれど、
ここだけ遠くからでも目に飛び込んでくるよ。

沈丁花の香りはいつ頃からだっけ?
待ち遠しい春。

ビオラも寒そう。
12月31日にベルリンでベルリンフィルのジルベスターコンサートを聞く。
などと言ったら今更何を血迷ったのかと身内中からひんしゅく買いそうだな・・・
だから「夢」といってるのであって、実現するとは思ってない。
叶わないものだから「夢」なのだ。
ワーグナーの聖地バイロイトでトリスタンを観たいとむか~し思ってた~まああんな感じ。
バイロイト以上にチケットを取るのは困難だろうし。
ではせいぜいベルリンフィルの日本公演を狙うか?
でもそれもなかなか難しそうだ。
あっという間に完売というからねえ・・・昔のようなパッショネートなパワーに欠けるからなあ。
2011年12月31日のベルリンフィルジルベスターコンサートをNHKBSの放送録画で鑑賞した。
指揮は首席指揮者のサイモンラトル。
ちなみに2010年はドゥダメルだった。
その時のソリストはメゾソプラノのガランチャ。
何度も何度も観た。
今も時々観たくなる。
2011年大晦日のソリストはあの神童といわれたエフゲニキーシン。
いいおじさんになってた。
40歳だそうだ。
でもなんとなく少年っぽい雰囲気が残ってるから不思議。
一度生のコンサートに行ったことがある。
万雷の拍手にこたえて何度も出てきて律儀におじぎをするキーシンの生真面目な様子に心うたれた。
何を弾いてくれたのか記憶がないのだがモジャモジャのカーリーヘアとあの律儀な雰囲気と演奏スタイルは今回も全く同じだと思った。
変わったのはその演奏のスケールがものすごく大きくなってたことだろうか。
なにしろ演奏をする相棒はラトル&BPOなのだし。
曲はグリーグのピアノ協奏曲。
素晴らしい!
ピアノもそしてオーケストラも!
このグリーグの曲は超有名でほんとうに子供の頃からピアノ協奏曲の代名詞みたいに知ってたと思う。
バイオリンでいうとメンコン(メンデルゾーンの協奏曲)みたいなものだ。
どんな音源で私は記憶してたのか、昔の事は分からないけれど、今うちにあるものはクーベリック指揮のBPOでゲザアンダのピアノだということをあとで確認した。
同じベルリンフィルなのに、オーケストラの存在感が全然違うのにまず驚く。
当然のことながら今のはどう考えてもキーシンのピアノとベルリンフィルの協奏曲である。
昔はピノ協奏曲というとオーケストラはピアノを引き立たせる伴奏的役割に徹していたのかしら?
もうひとつ面白そうな音源があったので聞いてみたら、まるっきり曲が違った。
ティボーテのピアノでゲルギエフ指揮。
どうも版が違うみたい。(つまらない;;)
とにかくラトル&BPO対キーシンががっちり組み合った横綱相撲という気持ちのよい演奏で今まで認識してた北欧的メランコリックなグリーグのピアノ協奏曲のイメージがすっかり変わった。
そうしてラトル&BPOの他のプログラム!
サロメのあの踊りの曲!
火の鳥!
それから、、、それから、、ハンガリー舞曲とかスラブ舞曲とか?
え?舞曲ばっかり??
あとでもう一度見直さなくては。
分厚くて重量級なのに、なんというしなやかな煌めきだろう!
色彩感も印象派的じゃなくてやっぱり超モダンだよね!
サイモンラトルがBPOの首席指揮者に就任した頃のジルベスターコンサートはアメリカ音楽ばっかりでちょっとがっかりした記憶なのだけど・・・?
オーケストラを聴く喜びをしっかり教えられて、断捨離もいいけど、感動することを忘れてない?と問われてるような気がする。
決して忘れてないよ~~^^
気温が低いからところどころ雪がまだ残ってる。
今は本当に色彩感に乏しい季節だ。
赤い実も殆ど野鳥に食べ尽くされたし。
それなら素敵な葉っぱがあるじゃない!

ちょっと派手過ぎる葉なれど、
ここだけ遠くからでも目に飛び込んでくるよ。

沈丁花の香りはいつ頃からだっけ?
待ち遠しい春。

ビオラも寒そう。
節エネの秘策中の秘策は
我が家で光熱費が最も多くなるのは年末からお正月を挟む1ヶ月である。
冷房苦手の私の家で育った子供たちはそれぞれ自分の家族を持っても基本的に冷房は最小限ですむけれど寒がりなので暖房はなくては暮らせない。
だから節電に励んできた私としては子供たち家族が数日間滞在したここ1ヶ月の光熱費がどれくらいになるかは非常に関心があった。
今冬は私たち夫婦だけならエアコンは全く使わない。
暖房はガスファンヒーター3台と電気不要のガスストーブ1台。
でも、3家族(幼児を含む10人)が集まれば、ガスファンヒーターはフル活用だし夜寝るときはエアコンも使う。
要するに、節電はいいとして、エネルギー効率の悪いガス器具を増やしたせいでトータルとして光熱費が大幅にアップしたらそれはちょっと悔しいというのが私の本音。
結果が出た!
昨年のこの時期の電気使用料金とガス使用料金はなんと合わせて32000円だった。
電気使用料金が凄かった。(26000円)
全て暖房は電気だったから。
そしてそして!
ガスの暖房器具を中心とした今年の電気とガスの合計金額は25000円。
ちなみに電気使用量は前年比71%減。
7000円の節約成る!
決して子供たちに寒い思い強いた結果ではないと信じてる。
むしろ例年より暖かく過ごせたくらいだとみんなが言う。
寒冷蕁麻疹が出た子はいたけれど、家の中が寒かったせいではない。(外遊びの時だった)
この不思議な結果は何故?
そう~
こたつと床暖の電気代がなくなったせい。
ファンヒーターは下から温風が吹き出すから足下が暖かくて床暖房はいらない。
そして何より効果のあったのがファンヒーターの温風をこたつの中に引き入れる送風管を使うようになったことだ。
とっても簡単な仕組み。
蛇腹の管の一方をファンヒーターの前に置き、片方をこたつの中に突っ込む。
こたつの中にもぐり込んだら危険という記事も見かけるけれど、うちにはもぐり込むペットはいないし、大体こたつの中はそんなに密閉性高くない。
部屋の空気とこたつの中の空気にはそう違いはない。
天然ガスの燃焼では一酸化炭素は出ない。
ただ酸素不足になるだけだ。
それは部屋の中も同じ。
どうせ換気は必要である。
ファンヒーターから出る温風の一部をこたつの中に入れるだけでこんなに暖かいとは!!
2つ持ってた湯たんぽも全く使わなくなった。
昔からこういうものはあったらしい。
なぜもっと早く使わなかったのだろう?
そりゃあね、見栄えは悪いし邪魔っけだ。
すっきりスマートに暮らしたい人が見たら「かっこわるい」と思う。
でもエアコンをどんなに効かせても足下が冷えて辛かった私にはガスファンヒーターと「こたつ+送風管」による暖房はこの上ない強力なシステムとなった。
それが光熱費の節約にもつながったのは更に嬉しい。
先日、お向かいのご主人が「燃える火はやっぱり暖かいですなあ」とおっしゃった。
どうやらお向かいもガスファンヒーターにされたらしい。
100歳近いおばあちゃんがいらっしゃるからね・・・
そのお隣でも最近家具を庭に出してガス工事をしていらした。
こちらは本格的FFガスヒーターかな?
ちなみにお正月自宅へ戻った息子は灯油のファンヒーターとこたつへの送風管を購入したらしい。
息子の家はオール電化なのでガス管が家の中に配管されていない。
給油が大変だけれどまだ若いからなんとかなるよね。
娘の家はガスで温めた温水を循環させる床暖房がメインでエアコンを補助的に使ってるらしい。
停電になったら早く寝るのが一番なのだそうな。
あの日停電を経験した息子が言ってた。
初雪の日いらいみぞれ交じりの冷たい雨が降り続いている。
ぬくぬくほっこり植物といったら

フランネルフラワー
一昨年秋からずっと咲き続けている。

昨年夏、ちょっと徒長して、花が小さくなった。

ブルーベリー用土を足して、切り戻して、肥料を与えてたら元気になってきた。

ちょっと触ってみたくなるほどふわふわでしょ?

冷房苦手の私の家で育った子供たちはそれぞれ自分の家族を持っても基本的に冷房は最小限ですむけれど寒がりなので暖房はなくては暮らせない。
だから節電に励んできた私としては子供たち家族が数日間滞在したここ1ヶ月の光熱費がどれくらいになるかは非常に関心があった。
今冬は私たち夫婦だけならエアコンは全く使わない。
暖房はガスファンヒーター3台と電気不要のガスストーブ1台。
でも、3家族(幼児を含む10人)が集まれば、ガスファンヒーターはフル活用だし夜寝るときはエアコンも使う。
要するに、節電はいいとして、エネルギー効率の悪いガス器具を増やしたせいでトータルとして光熱費が大幅にアップしたらそれはちょっと悔しいというのが私の本音。
結果が出た!
昨年のこの時期の電気使用料金とガス使用料金はなんと合わせて32000円だった。
電気使用料金が凄かった。(26000円)
全て暖房は電気だったから。
そしてそして!
ガスの暖房器具を中心とした今年の電気とガスの合計金額は25000円。
ちなみに電気使用量は前年比71%減。
7000円の節約成る!
決して子供たちに寒い思い強いた結果ではないと信じてる。
むしろ例年より暖かく過ごせたくらいだとみんなが言う。
寒冷蕁麻疹が出た子はいたけれど、家の中が寒かったせいではない。(外遊びの時だった)
この不思議な結果は何故?
そう~
こたつと床暖の電気代がなくなったせい。
ファンヒーターは下から温風が吹き出すから足下が暖かくて床暖房はいらない。
そして何より効果のあったのがファンヒーターの温風をこたつの中に引き入れる送風管を使うようになったことだ。
とっても簡単な仕組み。
蛇腹の管の一方をファンヒーターの前に置き、片方をこたつの中に突っ込む。
こたつの中にもぐり込んだら危険という記事も見かけるけれど、うちにはもぐり込むペットはいないし、大体こたつの中はそんなに密閉性高くない。
部屋の空気とこたつの中の空気にはそう違いはない。
天然ガスの燃焼では一酸化炭素は出ない。
ただ酸素不足になるだけだ。
それは部屋の中も同じ。
どうせ換気は必要である。
ファンヒーターから出る温風の一部をこたつの中に入れるだけでこんなに暖かいとは!!
2つ持ってた湯たんぽも全く使わなくなった。
昔からこういうものはあったらしい。
なぜもっと早く使わなかったのだろう?
そりゃあね、見栄えは悪いし邪魔っけだ。
すっきりスマートに暮らしたい人が見たら「かっこわるい」と思う。
でもエアコンをどんなに効かせても足下が冷えて辛かった私にはガスファンヒーターと「こたつ+送風管」による暖房はこの上ない強力なシステムとなった。
それが光熱費の節約にもつながったのは更に嬉しい。
先日、お向かいのご主人が「燃える火はやっぱり暖かいですなあ」とおっしゃった。
どうやらお向かいもガスファンヒーターにされたらしい。
100歳近いおばあちゃんがいらっしゃるからね・・・
そのお隣でも最近家具を庭に出してガス工事をしていらした。
こちらは本格的FFガスヒーターかな?
ちなみにお正月自宅へ戻った息子は灯油のファンヒーターとこたつへの送風管を購入したらしい。
息子の家はオール電化なのでガス管が家の中に配管されていない。
給油が大変だけれどまだ若いからなんとかなるよね。
娘の家はガスで温めた温水を循環させる床暖房がメインでエアコンを補助的に使ってるらしい。
停電になったら早く寝るのが一番なのだそうな。
あの日停電を経験した息子が言ってた。
初雪の日いらいみぞれ交じりの冷たい雨が降り続いている。
ぬくぬくほっこり植物といったら

フランネルフラワー
一昨年秋からずっと咲き続けている。

昨年夏、ちょっと徒長して、花が小さくなった。

ブルーベリー用土を足して、切り戻して、肥料を与えてたら元気になってきた。

ちょっと触ってみたくなるほどふわふわでしょ?

大仕事~つまり断捨離
初雪。
うちの前のお宅の屋根。
ちょっと裏側からごめんなさい。

ベランダから見た雪景色。

電線がなんとも邪魔だけど・・・
先週土日と勤務だった夫が代休で在宅なので一仕事お願いした。
このところ私は身の回りを少しずつ片付けようと考え始めた。
膨大なゴミに囲まれてるのでちょこっとずつ整理。
先週は音楽関係のビデオカセットを捨てた。
EDベータからDVHSまで一本残らずである。
選んでたら絶対進まないことは分かってるから、考えることは停止した。
DVDにダビングすることも考えたけれど、もういい。
充分に楽しんだから。
ドミンゴの生の声を初めて聞いたサントリーホールでのオペラアリアコンサートの舞台映像、ドミンゴがソリストとして歌ってるかの有名な(オペラ座の怪人、キャッツなどの作曲家)ロイドウエバー作曲のレクイエムの初演映像、コンサートでは何度も来てくれたのにオペラでの来日がなかったグルベローヴァの待望のルチア公演舞台映像等々、これだけは取っておこうかという想いが脳裏をよぎるがそれをいったら片付かない。
私の好きなオペラの映像が殆どだったけれど、中にひとつ異色の思い出映像!
N響アワーの録画でモーツァルトのピアノ協奏曲27番。
春への憧れという歌曲のメロディーがテーマとして出てくるのだけれど、この時のピアニスト、ワルタークリーンはカデンツァでその「春への憧れ」をそのまま全部弾いてしまった。
そのカデンツァの素敵なこと!!
確か、その時、ワルタークリーンさんは白髪の好々爺然としたお年頃だったと思うけれど、指先から繰り出される調べはルチアポップかエディットマティスというかわいらしさ、うるわしさ。
今一度見たいと思ったが、見たら泣いてしまうだろうしそしたら捨てられないだろうしと心を鬼にして目を閉ざし袋に詰めた。
全ての思い出は頭の中に~
要はこれらを再生するデッキを処分するのが最終目的なのだから。
ビデオカセットの大処分は2度目である。
リフォームの時にオーケストラやピアノ、それから大量の歌舞伎のビデオを処分した。
そうして今日、寒いのでどこにもでかけず、夫にデッキをはずしてもらった。
スピーカーもゴチャゴチャと色々セットしてあるからこれらも思い切って整理。
次から次へとなくてもすむものが出てくる。
私は部屋中に引き出しを並べて何百枚のMDの整理。
よくもよくもこんなに録音したものだ。
友達のCDやFMラジオ、衛星ラジオも長く聞いてたし。
ビデオカセットは思いっきりよく捨てたけれど,何故かMDははかどらない。
作曲家のアルファベット順に並べたり、ソナタなどの曲番順に並べたり、そのうちにあれがあったはず、これもあったはず・・・曲探しになってしまって、目が疲れてくらくらしてくる。
夫婦してぐったり疲れて、気がついたら夕食時間。
どうしよう・・・
ラーメンでも食べに行こうということになってきょうはおしまい。
うちの前のお宅の屋根。
ちょっと裏側からごめんなさい。

ベランダから見た雪景色。

電線がなんとも邪魔だけど・・・
先週土日と勤務だった夫が代休で在宅なので一仕事お願いした。
このところ私は身の回りを少しずつ片付けようと考え始めた。
膨大なゴミに囲まれてるのでちょこっとずつ整理。
先週は音楽関係のビデオカセットを捨てた。
EDベータからDVHSまで一本残らずである。
選んでたら絶対進まないことは分かってるから、考えることは停止した。
DVDにダビングすることも考えたけれど、もういい。
充分に楽しんだから。
ドミンゴの生の声を初めて聞いたサントリーホールでのオペラアリアコンサートの舞台映像、ドミンゴがソリストとして歌ってるかの有名な(オペラ座の怪人、キャッツなどの作曲家)ロイドウエバー作曲のレクイエムの初演映像、コンサートでは何度も来てくれたのにオペラでの来日がなかったグルベローヴァの待望のルチア公演舞台映像等々、これだけは取っておこうかという想いが脳裏をよぎるがそれをいったら片付かない。
私の好きなオペラの映像が殆どだったけれど、中にひとつ異色の思い出映像!
N響アワーの録画でモーツァルトのピアノ協奏曲27番。
春への憧れという歌曲のメロディーがテーマとして出てくるのだけれど、この時のピアニスト、ワルタークリーンはカデンツァでその「春への憧れ」をそのまま全部弾いてしまった。
そのカデンツァの素敵なこと!!
確か、その時、ワルタークリーンさんは白髪の好々爺然としたお年頃だったと思うけれど、指先から繰り出される調べはルチアポップかエディットマティスというかわいらしさ、うるわしさ。
今一度見たいと思ったが、見たら泣いてしまうだろうしそしたら捨てられないだろうしと心を鬼にして目を閉ざし袋に詰めた。
全ての思い出は頭の中に~
要はこれらを再生するデッキを処分するのが最終目的なのだから。
ビデオカセットの大処分は2度目である。
リフォームの時にオーケストラやピアノ、それから大量の歌舞伎のビデオを処分した。
そうして今日、寒いのでどこにもでかけず、夫にデッキをはずしてもらった。
スピーカーもゴチャゴチャと色々セットしてあるからこれらも思い切って整理。
次から次へとなくてもすむものが出てくる。
私は部屋中に引き出しを並べて何百枚のMDの整理。
よくもよくもこんなに録音したものだ。
友達のCDやFMラジオ、衛星ラジオも長く聞いてたし。
ビデオカセットは思いっきりよく捨てたけれど,何故かMDははかどらない。
作曲家のアルファベット順に並べたり、ソナタなどの曲番順に並べたり、そのうちにあれがあったはず、これもあったはず・・・曲探しになってしまって、目が疲れてくらくらしてくる。
夫婦してぐったり疲れて、気がついたら夕食時間。
どうしよう・・・
ラーメンでも食べに行こうということになってきょうはおしまい。
これだけ続くと神様の思し召しかな?
大した話じゃない。
例のごとくオペラ。
私は杉下右京のファンで「相棒」を長年楽しんでいる。
そのお正月スペシャルで今年はレオンカバッロ作曲の「道化師」がずいぶん大々的に使われた。
ちなみにその数日後「傑作選」として過去のお正月スペシャルが再放送されたのを偶然見たら、そこではワーグナーの「ワルキューレの騎行」が流れていた。
話は続く。
今年はNHKBSでスカラ座の今シーズン開幕公演に始まって、最近の舞台映像が連続放送された。
全部録画したというのは正直ちょっと違ってて、絶対見ないだろうと思う舞台は録画しなかった。
すなわちレオンカバッロの「道化師」である。
ところが数日して同じくNHKBSが今度はチューリッヒの「道化師」を放送した。
これは数年前の舞台で特別新しいものではない。
今年は、どうしてこんなに「道化師」づいてるんだろう???
しかも「相棒」は別としてスカラ座とチューリッヒはカニオが同じテノールでホセクーラときてる。
ホセクーラだから見ないと決めたのに。
2度続くことが珍しいのに3度きてしまったら「これはなにか曰く因縁があるに違いない」と普通思うよね。
それでチューリッヒの「道化師」を録画して鑑賞した。
どさまわりの芝居小屋なんかじゃなくて現代的でど派手でカラフルな舞台である。
馬車じゃなくてオート三輪車みたいな車が出てきた。
ホセクーラ~
久しぶりに見る。
世界中で大人気のテノール歌手で今カニオを歌って彼以上にもてはやされる歌手はいないだろう。
・・・ということは重々承知している。
でも、私はどうしても苦手。
聞かず嫌いではない。
ずいぶん前だけどボローニャ歌劇場の日本公演で「ホセクーラを一度は聞かなくては」と生の声も経験済みである。
カニオじゃなくてトリッドゥだったけど。
その時もそうだった。
圧倒的声量のガラガラ声で棒一直線に上げ下げする。
ベルカントとはほど遠い歌い方。
好きな声は一声でそれと分かるが、ホセクーラはそういう意味じゃなくて一声で分かる特徴的な歌い方だ。
それが個性で、その個性が素晴らしいと思う人が多ければスターになる。
彼は世界的スターだから、私はできるだけ見ない聞かないで知らん顔してるのが望ましいのだが、そしてそのように努力してきたのについにタブーを犯してしまった。
そうして、ああ~やっぱり聞かなきゃよかったと落ち込む。
途中でやめればいいものだが、「道化師」は芝居の勢いで見てしまうというちょっと異色なオペラなのだ。
休むタイミングがはかれないというか・・・
ある意味ホセクーラの迫力に腰を抜かしてたのかも^^
劇中劇で嫉妬のあまり現実と芝居の区別がつかなくなったカニオに殺される妻ネッダもひどかった。
なかなか美人さんだけど、あちこちで音をはずす。
ネッダにはとても難しい「鳥の歌」がある。
コロラトゥーラのテクニック+トスカの迫力みたいな役柄。
ベルカントとベリズモ両方同時にOK、そんな歌手っているのだろうか?
だから「道化師」は全体的にとかく力に頼り切った舞台が多いのよね。
私の理想のパリアッチョはもちろん最盛期のドミンゴだが、昨年カウフマンのベリズモオペラアリア集で「衣装をつけろ」を聞いた。
そのCDの中で一番印象に残った曲だ。
まだ舞台で演じてはいないみたいだけど、期待してる。
厚化粧の無表情な道化師の心の底にひそむ痛切な叫び・・・見たい。
ちょっと渋い植物

レンズを間違えたようで、どこにピントが合ってるのか??
シノブという羊歯植物である。
そして、その根が石化してまるで猫の手のようだということでずばり「猫の手」といわれる。
これも日本の古典園芸なのだろう。
手品のように色々出てくる我が庭である。
例のごとくオペラ。
私は杉下右京のファンで「相棒」を長年楽しんでいる。
そのお正月スペシャルで今年はレオンカバッロ作曲の「道化師」がずいぶん大々的に使われた。
ちなみにその数日後「傑作選」として過去のお正月スペシャルが再放送されたのを偶然見たら、そこではワーグナーの「ワルキューレの騎行」が流れていた。
話は続く。
今年はNHKBSでスカラ座の今シーズン開幕公演に始まって、最近の舞台映像が連続放送された。
全部録画したというのは正直ちょっと違ってて、絶対見ないだろうと思う舞台は録画しなかった。
すなわちレオンカバッロの「道化師」である。
ところが数日して同じくNHKBSが今度はチューリッヒの「道化師」を放送した。
これは数年前の舞台で特別新しいものではない。
今年は、どうしてこんなに「道化師」づいてるんだろう???
しかも「相棒」は別としてスカラ座とチューリッヒはカニオが同じテノールでホセクーラときてる。
ホセクーラだから見ないと決めたのに。
2度続くことが珍しいのに3度きてしまったら「これはなにか曰く因縁があるに違いない」と普通思うよね。
それでチューリッヒの「道化師」を録画して鑑賞した。
どさまわりの芝居小屋なんかじゃなくて現代的でど派手でカラフルな舞台である。
馬車じゃなくてオート三輪車みたいな車が出てきた。
ホセクーラ~
久しぶりに見る。
世界中で大人気のテノール歌手で今カニオを歌って彼以上にもてはやされる歌手はいないだろう。
・・・ということは重々承知している。
でも、私はどうしても苦手。
聞かず嫌いではない。
ずいぶん前だけどボローニャ歌劇場の日本公演で「ホセクーラを一度は聞かなくては」と生の声も経験済みである。
カニオじゃなくてトリッドゥだったけど。
その時もそうだった。
圧倒的声量のガラガラ声で棒一直線に上げ下げする。
ベルカントとはほど遠い歌い方。
好きな声は一声でそれと分かるが、ホセクーラはそういう意味じゃなくて一声で分かる特徴的な歌い方だ。
それが個性で、その個性が素晴らしいと思う人が多ければスターになる。
彼は世界的スターだから、私はできるだけ見ない聞かないで知らん顔してるのが望ましいのだが、そしてそのように努力してきたのについにタブーを犯してしまった。
そうして、ああ~やっぱり聞かなきゃよかったと落ち込む。
途中でやめればいいものだが、「道化師」は芝居の勢いで見てしまうというちょっと異色なオペラなのだ。
休むタイミングがはかれないというか・・・
ある意味ホセクーラの迫力に腰を抜かしてたのかも^^
劇中劇で嫉妬のあまり現実と芝居の区別がつかなくなったカニオに殺される妻ネッダもひどかった。
なかなか美人さんだけど、あちこちで音をはずす。
ネッダにはとても難しい「鳥の歌」がある。
コロラトゥーラのテクニック+トスカの迫力みたいな役柄。
ベルカントとベリズモ両方同時にOK、そんな歌手っているのだろうか?
だから「道化師」は全体的にとかく力に頼り切った舞台が多いのよね。
私の理想のパリアッチョはもちろん最盛期のドミンゴだが、昨年カウフマンのベリズモオペラアリア集で「衣装をつけろ」を聞いた。
そのCDの中で一番印象に残った曲だ。
まだ舞台で演じてはいないみたいだけど、期待してる。
厚化粧の無表情な道化師の心の底にひそむ痛切な叫び・・・見たい。
ちょっと渋い植物

レンズを間違えたようで、どこにピントが合ってるのか??
シノブという羊歯植物である。
そして、その根が石化してまるで猫の手のようだということでずばり「猫の手」といわれる。
これも日本の古典園芸なのだろう。
手品のように色々出てくる我が庭である。
しつこいようだけどもうひとつの私の省エネライフ
節電対策についてはずっと記してきた。
冬本番で暖房費が気になるところだが、エアコンを全てやめて、ガスに切り替えた結果が果たして節約にもつながるかどうかが気になるところだけれど、ガスと電気の料金表が届くのが半月ずれているため今はまだその点については分からない。
節電のためにエネルギー効率の悪いガスを使ったせいで暖房費がずっと高くなったのでは家計的にはすっきりしない。
これは気になるところだ。
もうひとつ私があれ以来考え抜いてエコに努めてることがある。
それは節水。
水の冷たさが気にならない間は、食洗機を使わず、たらいにためておいて、ため洗いにためすすぎを心がけてきた。
今の食洗機は節水型になってるから、食洗機を使う方が節水になるとも言われた。
でも節電と節ガス効果はあるから。
あとはお風呂の残り湯の使い切り作戦。
夏場は庭の植物への水遣りで使い切った。
真夏は残り湯だけでは足りなくて水道水を足すこともあった。
しかし例年夏場に大幅に増える上下水道料金が春から秋まで殆ど変わらなかったのは嬉しい。
そして寒い冬になり庭への水遣りは殆ど要らなくなった。
関東の太平洋側は乾燥が続くので、時には残り湯をまくのだが、200リットルの残り湯は洗濯にもつかって、それでも殆ど減らない。
そこで夫の提案で始めたのがトイレでの中水利用だ。
水道は上水と下水、それに中水がある。
ようするに水道水の再利用だ。
もともと水道水だから下水料金はかかっている。
夫の職場では天水(雨水)を濾過してトイレで使っているそうだ。
雨水利用には下水料金はかからない。
濾過装置とそれをポンプでくみ上げる装置を使っても上下水道料金は安くなるそうだ。
我が家のトイレはシンプルな超新型ではなくタンクがあってそこへ手洗い用の水が流れるタイプだ。
用を済ませて水を流して、ゴボッと音が変わったらタンクの穴にお風呂の残り湯を流し込む。
残り湯は2リットルのペットボトルに入れてトイレの片隅に数本置いてある。
大体タンクに入れる水の量は私の場合2リットル。
夫は2本のペットボトルの水を同時に勢いよく入れるから4リットル入るらしい。
1回トイレの水を流すと6~8リットルの水が要るというから3分の一から半分くらいの節水である。
うちでは孫たちが来た時の麦茶の飲み方が凄いのでいちいち麦茶を作るのは面倒で2リットルの麦茶のペットボトルをケース買いして備えてある。
だからペットボトルはその気になればいくらでも集まる。
よく調べると、お風呂の残り湯には石鹸分が残ってるとか、体の油脂分やタンパク質が含まれるので、タンクの中に雑菌が繁殖しやすいと書かれたのを見かける。
それなら、1年に1回くらいタンクの中を掃除すればいいのではないかしら。
だいたいタンクの中は手を洗った汚れ水がたまってるわけだからそう気にすることはないように思うのだが。
もちろん残り湯といってもまだ生暖かいようなものは使わない。
翌日、開け放してすっかり冷めきった残り湯をペットボトルに詰めるのだ。
今日は孫たちが来てた。
私のすることを興味深げに見てて自分もやってみたいという。
2リットルのペットボトルの重さを知らないね^^
私がちょっと支えてやっても辺りはビショビショ。
便座シートにも水がかかり、ああ大変。
エコはいいけれど、全部を人力でするのは暇があって元気な大人にして可能ということ?
最後まで残ってたツルバラの誘引終了。
先っぽにはまだいくつか花が咲いていた。

花瓶に挿した。

部屋の中に飾ると、長い時間かかって蕾が全部開花する。

前に飾ったのは1ヶ月くらい保った。
1月に庭で育てたバラを飾るというこの上ない贅沢!!
冬本番で暖房費が気になるところだが、エアコンを全てやめて、ガスに切り替えた結果が果たして節約にもつながるかどうかが気になるところだけれど、ガスと電気の料金表が届くのが半月ずれているため今はまだその点については分からない。
節電のためにエネルギー効率の悪いガスを使ったせいで暖房費がずっと高くなったのでは家計的にはすっきりしない。
これは気になるところだ。
もうひとつ私があれ以来考え抜いてエコに努めてることがある。
それは節水。
水の冷たさが気にならない間は、食洗機を使わず、たらいにためておいて、ため洗いにためすすぎを心がけてきた。
今の食洗機は節水型になってるから、食洗機を使う方が節水になるとも言われた。
でも節電と節ガス効果はあるから。
あとはお風呂の残り湯の使い切り作戦。
夏場は庭の植物への水遣りで使い切った。
真夏は残り湯だけでは足りなくて水道水を足すこともあった。
しかし例年夏場に大幅に増える上下水道料金が春から秋まで殆ど変わらなかったのは嬉しい。
そして寒い冬になり庭への水遣りは殆ど要らなくなった。
関東の太平洋側は乾燥が続くので、時には残り湯をまくのだが、200リットルの残り湯は洗濯にもつかって、それでも殆ど減らない。
そこで夫の提案で始めたのがトイレでの中水利用だ。
水道は上水と下水、それに中水がある。
ようするに水道水の再利用だ。
もともと水道水だから下水料金はかかっている。
夫の職場では天水(雨水)を濾過してトイレで使っているそうだ。
雨水利用には下水料金はかからない。
濾過装置とそれをポンプでくみ上げる装置を使っても上下水道料金は安くなるそうだ。
我が家のトイレはシンプルな超新型ではなくタンクがあってそこへ手洗い用の水が流れるタイプだ。
用を済ませて水を流して、ゴボッと音が変わったらタンクの穴にお風呂の残り湯を流し込む。
残り湯は2リットルのペットボトルに入れてトイレの片隅に数本置いてある。
大体タンクに入れる水の量は私の場合2リットル。
夫は2本のペットボトルの水を同時に勢いよく入れるから4リットル入るらしい。
1回トイレの水を流すと6~8リットルの水が要るというから3分の一から半分くらいの節水である。
うちでは孫たちが来た時の麦茶の飲み方が凄いのでいちいち麦茶を作るのは面倒で2リットルの麦茶のペットボトルをケース買いして備えてある。
だからペットボトルはその気になればいくらでも集まる。
よく調べると、お風呂の残り湯には石鹸分が残ってるとか、体の油脂分やタンパク質が含まれるので、タンクの中に雑菌が繁殖しやすいと書かれたのを見かける。
それなら、1年に1回くらいタンクの中を掃除すればいいのではないかしら。
だいたいタンクの中は手を洗った汚れ水がたまってるわけだからそう気にすることはないように思うのだが。
もちろん残り湯といってもまだ生暖かいようなものは使わない。
翌日、開け放してすっかり冷めきった残り湯をペットボトルに詰めるのだ。
今日は孫たちが来てた。
私のすることを興味深げに見てて自分もやってみたいという。
2リットルのペットボトルの重さを知らないね^^
私がちょっと支えてやっても辺りはビショビショ。
便座シートにも水がかかり、ああ大変。
エコはいいけれど、全部を人力でするのは暇があって元気な大人にして可能ということ?
最後まで残ってたツルバラの誘引終了。
先っぽにはまだいくつか花が咲いていた。

花瓶に挿した。

部屋の中に飾ると、長い時間かかって蕾が全部開花する。

前に飾ったのは1ヶ月くらい保った。
1月に庭で育てたバラを飾るというこの上ない贅沢!!
命が生まれ命を育む海だけれど
私は海から遠いところで育った。
学校にプールなんてない時代だったし,物心ついて以来夏休みに親に一度でも海に連れて行ってもらえればいいくらいだったからとうとう今までカナヅチのままきてしまった。
同じ町でも夫は海に近いところで育ったから,大きい子達に海に連れていかれ,物心ついたときには泳げるようになっていたという。
夏は1日中泳いで、疲れたら立ち泳ぎをして体を休めたのだと・・・
海だけじゃなくて昔は池や川でも泳いだそうだ。
そして子供でも危険なところここから先は入ってはいけないところというのは分かっていたそうだ。
泳げないからなのか、私は海が怖い。
陸から海を眺めるのは好きだけど、海に出るのが怖い。
それなのに学生の頃、船で八丈島なんぞへ行った。
竹芝から一晩かかる船旅であった。
それが大時化の日で,命からがらたどり着いた。
地元の漁師でさえ「この日船を出したのは無謀だった」というくらいの暴風だった。
港に船を着けることができず、はしけ船に移されて島に渡ったというひどい嵐だった。
その時一緒だった友人たちの何人かは船酔いが激しく「死んでもいいから早く楽になりたい」と思ったという。
そして帰りは飛行機で帰った。
私は不思議と船酔いがなかった。
だから「命あって島に着きたい」とひたすら祈ってた。
私と同じ思いの友人たちは「来た日の海と比べたらなんて平和な海だろう」と再び船に乗って帰った。
暴風の日より前に島に来てた男子学生たちが「船が揺れるのが面白い」とはしゃいでたがものの5分もたたぬうちに吐き始めた。
その後、○○クルージングとか観光地での船のツァーは経験してるけれど、いつも私は遠くの景色を眺めるようにしている。
それが酔わないコツだ。
海をのぞき込むのは相変わらず怖い。
昨年の大津波以来、ますます海が怖くなった。
でも、海には魅力がある。
こわごわ海へ行く。
今、もしもの時はどこへ避難すればいいのだろう?
海に着くと必ずそのことを考える。
この連休は暖かかった。
夫とふらりと出かけた。
江の島は我が家からは行きやすい海。
何度も出かけてるが、江の島に渡ったことがなかった。
こちらの片瀬海岸から江の島へは橋を渡ればいい。
弁天様でもお詣りしよう。
でも
やっぱり印象に残ったのは海。

稚児ヶ淵の岩場。

浸食で断崖絶壁。

波に削られこんな平らに。
藻がついてるところはつるりと滑る。
干潮時は釣り人もいるし、私たち観光客も歩けるが、満潮時になると近づけない場所。

江の島にはたくさんの観光ポイントがあるが、大変急な階段ばっかり。
そこで私たちは日本で最初に出来たという野外エスカレーターで登った。
エスカというそうだが、面白いことに上りのみ。
下りは階段を使わなければならない。
稚児が淵の岩場に降りる階段は目がくらむような急斜面。
帰りは登るの~;;;;
心配してたら、船着き場があって片瀬の海岸までの渡瀬船べんてん丸があった。

快適に船で戻ることができた。
でもね・・・
やっぱりもしもの時はどうするのだろう?
高台ってどこ?
あちこちに防災放送用のマイクがあった。
遅いお昼はこちらへ戻ってから名物「シラス丼」と「伊勢エビ定食」
美味しかった!
1~3月はシラスの禁漁期なので、残念ながら生シラスは食べられなかったけど。
豪快に食べたわよ!
夫なんてご飯お代わりだもんね。
4月になったら生シラス丼を食べに行こう。
学校にプールなんてない時代だったし,物心ついて以来夏休みに親に一度でも海に連れて行ってもらえればいいくらいだったからとうとう今までカナヅチのままきてしまった。
同じ町でも夫は海に近いところで育ったから,大きい子達に海に連れていかれ,物心ついたときには泳げるようになっていたという。
夏は1日中泳いで、疲れたら立ち泳ぎをして体を休めたのだと・・・
海だけじゃなくて昔は池や川でも泳いだそうだ。
そして子供でも危険なところここから先は入ってはいけないところというのは分かっていたそうだ。
泳げないからなのか、私は海が怖い。
陸から海を眺めるのは好きだけど、海に出るのが怖い。
それなのに学生の頃、船で八丈島なんぞへ行った。
竹芝から一晩かかる船旅であった。
それが大時化の日で,命からがらたどり着いた。
地元の漁師でさえ「この日船を出したのは無謀だった」というくらいの暴風だった。
港に船を着けることができず、はしけ船に移されて島に渡ったというひどい嵐だった。
その時一緒だった友人たちの何人かは船酔いが激しく「死んでもいいから早く楽になりたい」と思ったという。
そして帰りは飛行機で帰った。
私は不思議と船酔いがなかった。
だから「命あって島に着きたい」とひたすら祈ってた。
私と同じ思いの友人たちは「来た日の海と比べたらなんて平和な海だろう」と再び船に乗って帰った。
暴風の日より前に島に来てた男子学生たちが「船が揺れるのが面白い」とはしゃいでたがものの5分もたたぬうちに吐き始めた。
その後、○○クルージングとか観光地での船のツァーは経験してるけれど、いつも私は遠くの景色を眺めるようにしている。
それが酔わないコツだ。
海をのぞき込むのは相変わらず怖い。
昨年の大津波以来、ますます海が怖くなった。
でも、海には魅力がある。
こわごわ海へ行く。
今、もしもの時はどこへ避難すればいいのだろう?
海に着くと必ずそのことを考える。
この連休は暖かかった。
夫とふらりと出かけた。
江の島は我が家からは行きやすい海。
何度も出かけてるが、江の島に渡ったことがなかった。
こちらの片瀬海岸から江の島へは橋を渡ればいい。
弁天様でもお詣りしよう。
でも
やっぱり印象に残ったのは海。

稚児ヶ淵の岩場。

浸食で断崖絶壁。

波に削られこんな平らに。
藻がついてるところはつるりと滑る。
干潮時は釣り人もいるし、私たち観光客も歩けるが、満潮時になると近づけない場所。

江の島にはたくさんの観光ポイントがあるが、大変急な階段ばっかり。
そこで私たちは日本で最初に出来たという野外エスカレーターで登った。
エスカというそうだが、面白いことに上りのみ。
下りは階段を使わなければならない。
稚児が淵の岩場に降りる階段は目がくらむような急斜面。
帰りは登るの~;;;;
心配してたら、船着き場があって片瀬の海岸までの渡瀬船べんてん丸があった。

快適に船で戻ることができた。
でもね・・・
やっぱりもしもの時はどうするのだろう?
高台ってどこ?
あちこちに防災放送用のマイクがあった。
遅いお昼はこちらへ戻ってから名物「シラス丼」と「伊勢エビ定食」
美味しかった!
1~3月はシラスの禁漁期なので、残念ながら生シラスは食べられなかったけど。
豪快に食べたわよ!
夫なんてご飯お代わりだもんね。
4月になったら生シラス丼を食べに行こう。
タウリスのイフィジェニー
ずっとNHKBSで放送されてきたメトのライブビューイングがWOWOWで放送されることになり、ラインナップも充実してきた。
その代わりなのかどうか、NHKBSではスカラ座の舞台映像が新旧絡めて連続放送。
これからも定期的に放送があるのだろうか?
オペラファンとしては嬉しいことなのだが、こう続けざまに放送されたって鑑賞する時間がないというか、オペラってひとつの舞台を見るのに長時間かかるので気分とか気力がないと腰を落ち着けて見る気持ちになれないわけで、HDがいっぱいになるからと、とりあえずブルーレイにダビングするから小さなものでも積もり積もって場所を取るので、要するにどんどん鑑賞していいものだけを残しあとは消去するのが一番いい。
何から見るかといえば、好きな歌手が出てる舞台であることは私としては当然で、それが聴ける日を楽しみに日々過ごしてるといっても過言ではない。
ところが好きな歌手が出る舞台なんてごく少数で、次の選択肢は好きなオペラということになる。
好きなオペラを昨年からあれこれ摘み見しているけれど、どれもこれも集中力続かなくて居眠りしながらでも最後まで観ればいいのだが、そのオペラ鑑賞のために電気を使うのが無駄な気がして、いずれ気分的に余裕のあるときなら見るかも知れない・・・などといったん止めてダビングしてしまう。
そういうわけで結局DVDがすでに10cm以上の厚さで目の前に積んである。
ボエーム、ルチア、ドンカルロ、魔笛、ロメオとジュリエット、道化師、トリスタン・・・・etc
どれもメジャーオペラハウスの一流の歌手による舞台というのに勿体ない。
子供たちには見る暇ないと振られるし、友人たちにはブルーレイはだめだといわれるし・・・
そんな折、何の期待ももたず,一応目を通さなくてはね・・・と鑑賞始めたグルック作曲「タウリスのイフィジェニー」がよかった!
これはメトのライブである。
日本人のタレントや解説者とかがやたらと出てきてちっとも本編が始まらないのがじれったいのだが,NHKではないのでその辺は仕方がないのかな。
早送りでようやく舞台にたどりつく。
ゲルブ支配人が登場して、ええ~グラハムとドミンゴが風邪だけれど歌います@@
ドミンゴなんだ!
スーザン・グラハムも大好きな歌手!
ということで居ずまいを正して鑑賞。
バロックオペラの雰囲気がメトとしては非常に珍しくて、どこかよそのヨーロッパのこじんまりとしたオペラハウスみたい。
カウンターテナーのジャルースキーの「アグリッピーナ」の舞台をなんとなく思い出した。
グルックといえば「オルフェオとエウリディーチェ」しか知らなかった。
この「タウリスのイフィジェニー」はギリシャ神話を元にした血みどろの復讐劇。
娘イフィジェニーを女神への生け贄として殺した父親アガメムノン。
イフィジェニーはその女神に救い出されタウリスの巫女になった。
娘を殺されたアガメムノンの后クリテムネストラはアガメムノンを殺す。
父親を殺した母親を恨んでイフィジェニーの弟オレステは母親を殺す。
今、イフィジェニーが巫女として仕えているタウリスに2人の若者が流れ着く。
タウリスの王トアスが流れ着いた2人の若者のうちのひとりを神への生け贄として殺せとイフィジェニーに命じる。
若者2人というのがピラード(ポールグローブズ)とオレステ(ドミンゴ)。
この2人の若者は非常に仲がよい。
「僕が生け贄になるから君は生きろ」とお互い譲らない。
ここは友人というより恋人みたいで2人の歌唱力演技力のおかげもあって、実際の年齢差がなんだっていうんだ。
ポールグローブスとドミンゴのコンビは「始皇帝」で息ぴったりだった。
初役に戸惑うポールをドミンゴはあの時支えていろいろ教えていた。
オレステは本来バリトンの役というが、グローブスとドミンゴの声は完全に異質で重唱でもこんがらがることはない。
ポールグローブスは上手い。
先日のスカラ座のオクターヴィオが彼だったら・・・などと想像したくなるくらい歌唱力ある。
イフィジェニーとオレステは会った時から血のつながりを敏感にキャッチするも、そう簡単にはお互いの素性を知るには至らない。
イフィジェニーは一旦はピラードを生け贄と決めるが、オレステは母殺しの罪の重さに耐えかねておりどうしても自分が生け贄になりたいのでピラードを逃がす。
死を覚悟したオレステが死の祭壇で「ミケーネで生け贄として殺されたお姉さんのイフィジェニーもこうだったのですね」とつぶやいた瞬間2人は姉と弟であることに気付く。
待てなくなったタウリスの王トアスが「オレステを殺せ」というところへ、間一髪ピラードと共にミケーネの軍が攻めてくる。
女神もオレステの罪を許し,故郷へ共に帰るようにと伝える。
ストーリーはこんなものだと思うが(かなりいい加減)、舞台では母親が父親を殺す場面が何度もイフィジェニーの悪夢として出てきて、しかも自分は生け贄として殺されたのに、今はタウリスで生け贄を殺すという残忍な役割を強いられているというイフィジェニーの心の中の葛藤を様々なシーンで表現する。
だから、女神にも許されみんな故郷へ帰れることになってめでたしめでたしなのに、ここでイフィジェニーは母親への複雑な想いを断ち切れず舞台はまだ続きがあるの?みたいな展開を見せ私はちょっと混乱した。
これは演出家のちょっとした拘りだったみたいで、母親を象徴する黄緑色の布を身に巻き付けながら気を取り直して最後は弟(オレステ)と抱き合う・・・ということなのだろう。
まあ言ってみれば、バレーとか歌手じゃない役者(バレーリーナかも?)の役割がこの大きなメトの舞台では必要不可欠だったみたいで、空間の穴埋め的に使われて単純明快なギリシャ悲劇をわざわざこねくり回した感があった。
その中で主要歌手の存在感はいや増しに冴えて、グルックの素晴らしい音楽をグラハム、ドミンゴ、ポールグローブスは感動的に歌い上げてくれた。
幕間でのインタビューに答えるグラハムとドミンゴの酷い鼻声;;
ゲホゲホと咳き込んで。
それでもいったん舞台が始まればあそこまで完璧に・・・グラハムやドミンゴにしてみれば絶好調とは言い難い声ではあったけれどあそこまで演じ歌いきれる歌手が他にいるだろうか?
いやはや思いもかけずバロックオペラをこのように一気に集中力保って鑑賞できたのは嬉しいことで、WOWOWに感謝!
70歳のドミンゴ,もう舞台はいいですよと時々思うけれど、彼がこの歳になって自分で歌おうと決心した役に私は不満を抱いたことはない。
さすがの貫禄で聞かせてくれる。
不満はゼロではない。例えば再現「リゴレット」のように。
でもあの場合、リゴレットを演じる他の人材があったか?
もうこうなったらどこまでも見届けてあげようじゃないのと覚悟を決めた。
この時期素晴らしい香りといえば

蝋梅。

毎年、お正月飾りに使うのだけれど、
今年はお正月にはまだ葉が付いてたし、開花もしてなかった。
ようやく開いてきた。
今日は庭の落ち葉集め。
大袋1袋。
最後のシャリファアスマ

実はもうひとつ蕾はあるのだけれど、ちょっと無理だよね。
その代わりなのかどうか、NHKBSではスカラ座の舞台映像が新旧絡めて連続放送。
これからも定期的に放送があるのだろうか?
オペラファンとしては嬉しいことなのだが、こう続けざまに放送されたって鑑賞する時間がないというか、オペラってひとつの舞台を見るのに長時間かかるので気分とか気力がないと腰を落ち着けて見る気持ちになれないわけで、HDがいっぱいになるからと、とりあえずブルーレイにダビングするから小さなものでも積もり積もって場所を取るので、要するにどんどん鑑賞していいものだけを残しあとは消去するのが一番いい。
何から見るかといえば、好きな歌手が出てる舞台であることは私としては当然で、それが聴ける日を楽しみに日々過ごしてるといっても過言ではない。
ところが好きな歌手が出る舞台なんてごく少数で、次の選択肢は好きなオペラということになる。
好きなオペラを昨年からあれこれ摘み見しているけれど、どれもこれも集中力続かなくて居眠りしながらでも最後まで観ればいいのだが、そのオペラ鑑賞のために電気を使うのが無駄な気がして、いずれ気分的に余裕のあるときなら見るかも知れない・・・などといったん止めてダビングしてしまう。
そういうわけで結局DVDがすでに10cm以上の厚さで目の前に積んである。
ボエーム、ルチア、ドンカルロ、魔笛、ロメオとジュリエット、道化師、トリスタン・・・・etc
どれもメジャーオペラハウスの一流の歌手による舞台というのに勿体ない。
子供たちには見る暇ないと振られるし、友人たちにはブルーレイはだめだといわれるし・・・
そんな折、何の期待ももたず,一応目を通さなくてはね・・・と鑑賞始めたグルック作曲「タウリスのイフィジェニー」がよかった!
これはメトのライブである。
日本人のタレントや解説者とかがやたらと出てきてちっとも本編が始まらないのがじれったいのだが,NHKではないのでその辺は仕方がないのかな。
早送りでようやく舞台にたどりつく。
ゲルブ支配人が登場して、ええ~グラハムとドミンゴが風邪だけれど歌います@@
ドミンゴなんだ!
スーザン・グラハムも大好きな歌手!
ということで居ずまいを正して鑑賞。
バロックオペラの雰囲気がメトとしては非常に珍しくて、どこかよそのヨーロッパのこじんまりとしたオペラハウスみたい。
カウンターテナーのジャルースキーの「アグリッピーナ」の舞台をなんとなく思い出した。
グルックといえば「オルフェオとエウリディーチェ」しか知らなかった。
この「タウリスのイフィジェニー」はギリシャ神話を元にした血みどろの復讐劇。
娘イフィジェニーを女神への生け贄として殺した父親アガメムノン。
イフィジェニーはその女神に救い出されタウリスの巫女になった。
娘を殺されたアガメムノンの后クリテムネストラはアガメムノンを殺す。
父親を殺した母親を恨んでイフィジェニーの弟オレステは母親を殺す。
今、イフィジェニーが巫女として仕えているタウリスに2人の若者が流れ着く。
タウリスの王トアスが流れ着いた2人の若者のうちのひとりを神への生け贄として殺せとイフィジェニーに命じる。
若者2人というのがピラード(ポールグローブズ)とオレステ(ドミンゴ)。
この2人の若者は非常に仲がよい。
「僕が生け贄になるから君は生きろ」とお互い譲らない。
ここは友人というより恋人みたいで2人の歌唱力演技力のおかげもあって、実際の年齢差がなんだっていうんだ。
ポールグローブスとドミンゴのコンビは「始皇帝」で息ぴったりだった。
初役に戸惑うポールをドミンゴはあの時支えていろいろ教えていた。
オレステは本来バリトンの役というが、グローブスとドミンゴの声は完全に異質で重唱でもこんがらがることはない。
ポールグローブスは上手い。
先日のスカラ座のオクターヴィオが彼だったら・・・などと想像したくなるくらい歌唱力ある。
イフィジェニーとオレステは会った時から血のつながりを敏感にキャッチするも、そう簡単にはお互いの素性を知るには至らない。
イフィジェニーは一旦はピラードを生け贄と決めるが、オレステは母殺しの罪の重さに耐えかねておりどうしても自分が生け贄になりたいのでピラードを逃がす。
死を覚悟したオレステが死の祭壇で「ミケーネで生け贄として殺されたお姉さんのイフィジェニーもこうだったのですね」とつぶやいた瞬間2人は姉と弟であることに気付く。
待てなくなったタウリスの王トアスが「オレステを殺せ」というところへ、間一髪ピラードと共にミケーネの軍が攻めてくる。
女神もオレステの罪を許し,故郷へ共に帰るようにと伝える。
ストーリーはこんなものだと思うが(かなりいい加減)、舞台では母親が父親を殺す場面が何度もイフィジェニーの悪夢として出てきて、しかも自分は生け贄として殺されたのに、今はタウリスで生け贄を殺すという残忍な役割を強いられているというイフィジェニーの心の中の葛藤を様々なシーンで表現する。
だから、女神にも許されみんな故郷へ帰れることになってめでたしめでたしなのに、ここでイフィジェニーは母親への複雑な想いを断ち切れず舞台はまだ続きがあるの?みたいな展開を見せ私はちょっと混乱した。
これは演出家のちょっとした拘りだったみたいで、母親を象徴する黄緑色の布を身に巻き付けながら気を取り直して最後は弟(オレステ)と抱き合う・・・ということなのだろう。
まあ言ってみれば、バレーとか歌手じゃない役者(バレーリーナかも?)の役割がこの大きなメトの舞台では必要不可欠だったみたいで、空間の穴埋め的に使われて単純明快なギリシャ悲劇をわざわざこねくり回した感があった。
その中で主要歌手の存在感はいや増しに冴えて、グルックの素晴らしい音楽をグラハム、ドミンゴ、ポールグローブスは感動的に歌い上げてくれた。
幕間でのインタビューに答えるグラハムとドミンゴの酷い鼻声;;
ゲホゲホと咳き込んで。
それでもいったん舞台が始まればあそこまで完璧に・・・グラハムやドミンゴにしてみれば絶好調とは言い難い声ではあったけれどあそこまで演じ歌いきれる歌手が他にいるだろうか?
いやはや思いもかけずバロックオペラをこのように一気に集中力保って鑑賞できたのは嬉しいことで、WOWOWに感謝!
70歳のドミンゴ,もう舞台はいいですよと時々思うけれど、彼がこの歳になって自分で歌おうと決心した役に私は不満を抱いたことはない。
さすがの貫禄で聞かせてくれる。
不満はゼロではない。例えば再現「リゴレット」のように。
でもあの場合、リゴレットを演じる他の人材があったか?
もうこうなったらどこまでも見届けてあげようじゃないのと覚悟を決めた。
この時期素晴らしい香りといえば

蝋梅。

毎年、お正月飾りに使うのだけれど、
今年はお正月にはまだ葉が付いてたし、開花もしてなかった。
ようやく開いてきた。
今日は庭の落ち葉集め。
大袋1袋。
最後のシャリファアスマ

実はもうひとつ蕾はあるのだけれど、ちょっと無理だよね。
しもやけのバラ
今年のお正月は暖かかったけれど、さすがに小寒、とっても冷え込んできた。
そろそろ庭作業と考えたけれど、もうちょっと寒さに慣れてからにしようと思う。
霜が降りてこれはもう開花は出来ないだろうな~

こんな蕾を見てるとしもやけを思い出す。
昔、私はひどいしもやけに悩まされた。
最近しもやけの子供なんて見ないなあ。
そういえば、暮れからお正月にかけて来てた孫娘のひとりが「かゆいかゆい」で大人たちが心配したのだが、どうも寒冷蕁麻疹という皮膚疾患だったらしい。
蕁麻疹といえば鯖などの青魚のアレルギーがまず思い浮かぶのだが、蕁麻疹を発症する原因は様々で特定するのは難しいようだ。
孫娘の場合、とりあえずは寒冷蕁麻疹ということで一件落着。
でも治療法はしもやけよりやっかいだろう。
温めればいいというような簡単なことではないだろうし、むしろ寒さに慣れるというか鍛える?
まあ成長するうちに自然に治まるだろうと思うのだが。
この美しい棘!

春の新芽の棘はとっても美しくて毎年写真も撮ってた気がするのだけど、最後の葉を落とす寸前の今の時期の棘がこんなに焼けるように赤いことには気がつかなかった。
花後強剪定したから?
葉柄に羽根のような翼がついている。

モスローズ特有の棘!

モスローズは大好きなのだけれど、春の一季咲きだし、やっぱりこの棘は扱いに苦労するし・・・
うちの庭では残ったのはこれひとつ。
たった一輪このバラが寒そうに咲いていた。

そう!
ずっと何年もうどん粉でまともに咲かなかったピンクプロスペリティ。
昨年初めてまともにいっぱい咲いた。
こんなに寒くなっても頑張って・・・なんか感動してしまった。
そろそろ庭作業と考えたけれど、もうちょっと寒さに慣れてからにしようと思う。
霜が降りてこれはもう開花は出来ないだろうな~

こんな蕾を見てるとしもやけを思い出す。
昔、私はひどいしもやけに悩まされた。
最近しもやけの子供なんて見ないなあ。
そういえば、暮れからお正月にかけて来てた孫娘のひとりが「かゆいかゆい」で大人たちが心配したのだが、どうも寒冷蕁麻疹という皮膚疾患だったらしい。
蕁麻疹といえば鯖などの青魚のアレルギーがまず思い浮かぶのだが、蕁麻疹を発症する原因は様々で特定するのは難しいようだ。
孫娘の場合、とりあえずは寒冷蕁麻疹ということで一件落着。
でも治療法はしもやけよりやっかいだろう。
温めればいいというような簡単なことではないだろうし、むしろ寒さに慣れるというか鍛える?
まあ成長するうちに自然に治まるだろうと思うのだが。
この美しい棘!

春の新芽の棘はとっても美しくて毎年写真も撮ってた気がするのだけど、最後の葉を落とす寸前の今の時期の棘がこんなに焼けるように赤いことには気がつかなかった。
花後強剪定したから?
葉柄に羽根のような翼がついている。

モスローズ特有の棘!

モスローズは大好きなのだけれど、春の一季咲きだし、やっぱりこの棘は扱いに苦労するし・・・
うちの庭では残ったのはこれひとつ。
たった一輪このバラが寒そうに咲いていた。

そう!
ずっと何年もうどん粉でまともに咲かなかったピンクプロスペリティ。
昨年初めてまともにいっぱい咲いた。
こんなに寒くなっても頑張って・・・なんか感動してしまった。
箱根駅伝
元旦夜には子供たち家族はそれぞれの家に戻っていった。
だから今日は普段通りの我が家である。
久しぶりにテレビをつける。
そうそう~今年は箱根駅伝を見なくてはと思ってたことに気がついてチャンネルを合わせたら、すでに上位は3区に入ってた。
花の2区、エース区間ですでに逆転があったらしい。
私が見たいのはもちろん柏原竜二。
どこかの大学を応援してるとか、柏原竜二を応援してるということではなく、「彼が走る姿」が見たい。
三浦しをんの「風が強く吹いている」を読んでそこに登場する天才ランナー蔵原走(かける)をここ数年話題の柏原竜二に重ねてしまってる自分がいる。
足が速いということは生まれながらの絶対的身体能力だと思うので、今まで生きてきてその能力に圧倒され感動をもらった記憶はとても鮮明である。
一番古い記憶は自分の小学生時代。
高学年の選手によるリレーでどんなに差がついていても「たんどうくん」にバトンが渡ると必ずそのチームが優勝した。
私はまだ低学年で憧れの眼差しで毎年たんどうくんが半周くらいの差があってもぐんぐん抜き去る姿を見つめていた。
次の記憶は娘の小学生時代。
「やまだくん」というとんでもない速い子がいて娘が「きょうね、やまだくんがマラソンがあることを忘れていて長靴を履いてきたのにやっぱり一番になった」と興奮して報告してくれたとき。
長靴を履いてても速い子は速いのだ。
次は一気にカールルイスとかウサインヴォルトになってしまうのだけど・・・
まあ、とにかく私の頭では短距離も長距離もごちゃ混ぜで「速い」ということだけが全てだった。
今年の箱根駅伝山登り区間5区。
柏原竜二に襷が渡ったとき,その前には誰もいなかった。
誰かの背中を見据え捉えてそれを追い越すのではなく、自分の体に刻み込まれた速さの感覚だけを頼りに登っていく。
4区を一番でかけ抜いてくる一年生田口に手を振るその目に涙がにじむのを見たとき、この柏原竜二という選手の素晴らしさがわかった。
そして、速いことと同時に襷を繋ぐドラマにも感動する自分があった。
急な坂道を駈けのぼっていく姿は力強いのだけれど、柏原竜二の走り方はその上とても美しいよね!
どの選手も力のある子ばかりだけれど、「走るために生まれてきた」柏原竜二は別格だと思う。
あの小説でハイジがカケルの走り方に魅了されたように、お正月の2日に箱根に集まった人々はこの柏原竜二の走りに魅了されたことだろう。
顔の表情は険しくなるときもあるけれど,体はしなやかで躍動感あふれていた。
復路で何が起こるかわからない。
総合優勝とかそういうことはまた別の話だ。
とにかく柏原竜二が走る姿の美しさに私は感動した。

凛として水仙が咲く。
だから今日は普段通りの我が家である。
久しぶりにテレビをつける。
そうそう~今年は箱根駅伝を見なくてはと思ってたことに気がついてチャンネルを合わせたら、すでに上位は3区に入ってた。
花の2区、エース区間ですでに逆転があったらしい。
私が見たいのはもちろん柏原竜二。
どこかの大学を応援してるとか、柏原竜二を応援してるということではなく、「彼が走る姿」が見たい。
三浦しをんの「風が強く吹いている」を読んでそこに登場する天才ランナー蔵原走(かける)をここ数年話題の柏原竜二に重ねてしまってる自分がいる。
足が速いということは生まれながらの絶対的身体能力だと思うので、今まで生きてきてその能力に圧倒され感動をもらった記憶はとても鮮明である。
一番古い記憶は自分の小学生時代。
高学年の選手によるリレーでどんなに差がついていても「たんどうくん」にバトンが渡ると必ずそのチームが優勝した。
私はまだ低学年で憧れの眼差しで毎年たんどうくんが半周くらいの差があってもぐんぐん抜き去る姿を見つめていた。
次の記憶は娘の小学生時代。
「やまだくん」というとんでもない速い子がいて娘が「きょうね、やまだくんがマラソンがあることを忘れていて長靴を履いてきたのにやっぱり一番になった」と興奮して報告してくれたとき。
長靴を履いてても速い子は速いのだ。
次は一気にカールルイスとかウサインヴォルトになってしまうのだけど・・・
まあ、とにかく私の頭では短距離も長距離もごちゃ混ぜで「速い」ということだけが全てだった。
今年の箱根駅伝山登り区間5区。
柏原竜二に襷が渡ったとき,その前には誰もいなかった。
誰かの背中を見据え捉えてそれを追い越すのではなく、自分の体に刻み込まれた速さの感覚だけを頼りに登っていく。
4区を一番でかけ抜いてくる一年生田口に手を振るその目に涙がにじむのを見たとき、この柏原竜二という選手の素晴らしさがわかった。
そして、速いことと同時に襷を繋ぐドラマにも感動する自分があった。
急な坂道を駈けのぼっていく姿は力強いのだけれど、柏原竜二の走り方はその上とても美しいよね!
どの選手も力のある子ばかりだけれど、「走るために生まれてきた」柏原竜二は別格だと思う。
あの小説でハイジがカケルの走り方に魅了されたように、お正月の2日に箱根に集まった人々はこの柏原竜二の走りに魅了されたことだろう。
顔の表情は険しくなるときもあるけれど,体はしなやかで躍動感あふれていた。
復路で何が起こるかわからない。
総合優勝とかそういうことはまた別の話だ。
とにかく柏原竜二が走る姿の美しさに私は感動した。

凛として水仙が咲く。
ペーターマッティのドンジョヴァンニにまた巡り会えて
年末恒例の孫騒動が始まってるにも関わらず、数日前に鑑賞したドンジョヴァンニの孤独な姿に想いを巡らせてしまう私である。
スカラ座の今年の開幕公演、今月7日の舞台が早くもNHKBSで放送された。
ロバートカーセンの舞台がとっても衝撃的でドンジョヴァンニという難解な人物をこの上なく的確に表現してくれたと思うし、またそのドンジョヴァンニを歌ったペーターマッティも決して体調万全とは思えなかったけれど、素晴らしく演じてくれたと思う。
一気に鑑賞し終えた時思ったのは、ドンジョヴァンニがいかに本質的に真摯で孤独であったかということ。
バレンボイムが指揮棒を振り下ろすやいなや客席から姿を現し、舞台へ駆け上りスカラ座の象徴的緞帳を引きずり下ろし,ずたずたと踏みしだき、あたかも蜃気楼のごとくあやうげに揺れ動くスカラ座の客席が映る鏡に向かって歩き始める。
その背中に漂う寂寥感がドンジョヴァンニの唯一の真実。
その後、舞台で演じられることは全て我々聴衆の妄想である。
ドンジョヴァンニはアンナの父親(騎士長)を殺していない。
これはカーセンがはっきり示した。
騎士長の剣をクッションなどで防いでいるうちに運悪く柄が騎士長の胸に突き刺さってしまったのだ。
それなのに我々はドンジョヴァンニが如何に非情で悪辣な女たらしであるかという幻想に囚われてしまう。
アンナやエルヴィーラやツェルリーナたちのドタバタも,スカラ座の貴賓席にずらりと居並ぶイタリアの首相や大統領の姿さえドンジョヴァンニから見たら形を成さないはかないもの。
果ては今世界に漂う混迷すらドンジョヴァンニはしっかり外から見据えていたのだろう。
ドンジョヴァンニにとっての現実はその時、その瞬間の生身の人間だけ。
そういう物事の本質を知る存在は周りにとっては邪魔である。
だからドンジョヴァンニは抹殺された。
ドンジョヴァンニの最後はあまりに悲しかったけれど、時機を得たこの演出は納得がいく。
ロバートカーセンって凄い。
歌手については、マッティのドンジョヴァンニはベルリン国立の来日公演の時ほど好調ではなかったけれど、カーセン演出をしっかり体現してくれた。
マッティでなくてはこのドンジョヴァンニ像を演じきるのは無理だと思う。
スケール(いろいろな意味での)の大きさが重要だから。
ネトレプコは今まで見た舞台の中ではこの役が最もしっくりきた。
フリットリは本来メゾの役柄であるエルヴィーラは無理があるという感じ。
中低音域がかなり厳しい。
エルヴィーラはやっぱり高音にも強いメゾの役柄だと思う。
ターフェルのレポレッロはとても好き。
特にこの演出では彼の崩さない正確な歌い方がぴったり。
ウォータンより絶対レポレッロだ。
あとは絶不調のオッターヴィオ。
なんかこういうタイプの女の子あんまり好きじゃないわ・・・のツェルリーナ。
いかにもアジアンな騎士長の弱い声。
一本調子なマゼット。(そういえば、メトの来日公演ドンカルロの大審問官?)
・・・などと何のかんの言ったって、やっぱりスカラ座はいい。
ムーティ帝王のナブッコが私のオペラ狂いの始まりだった。
バレンボイムさん頑張って欲しい。
今年も残すところ3日。
バッタバタの年の瀬を元気に乗り切り,新しい年を迎えたい。
縁起のいい金の生る木

縁起のいいことに、初めて花がついた。

もうちょっと・・・
お正月には開花するかしら?
スカラ座の今年の開幕公演、今月7日の舞台が早くもNHKBSで放送された。
ロバートカーセンの舞台がとっても衝撃的でドンジョヴァンニという難解な人物をこの上なく的確に表現してくれたと思うし、またそのドンジョヴァンニを歌ったペーターマッティも決して体調万全とは思えなかったけれど、素晴らしく演じてくれたと思う。
一気に鑑賞し終えた時思ったのは、ドンジョヴァンニがいかに本質的に真摯で孤独であったかということ。
バレンボイムが指揮棒を振り下ろすやいなや客席から姿を現し、舞台へ駆け上りスカラ座の象徴的緞帳を引きずり下ろし,ずたずたと踏みしだき、あたかも蜃気楼のごとくあやうげに揺れ動くスカラ座の客席が映る鏡に向かって歩き始める。
その背中に漂う寂寥感がドンジョヴァンニの唯一の真実。
その後、舞台で演じられることは全て我々聴衆の妄想である。
ドンジョヴァンニはアンナの父親(騎士長)を殺していない。
これはカーセンがはっきり示した。
騎士長の剣をクッションなどで防いでいるうちに運悪く柄が騎士長の胸に突き刺さってしまったのだ。
それなのに我々はドンジョヴァンニが如何に非情で悪辣な女たらしであるかという幻想に囚われてしまう。
アンナやエルヴィーラやツェルリーナたちのドタバタも,スカラ座の貴賓席にずらりと居並ぶイタリアの首相や大統領の姿さえドンジョヴァンニから見たら形を成さないはかないもの。
果ては今世界に漂う混迷すらドンジョヴァンニはしっかり外から見据えていたのだろう。
ドンジョヴァンニにとっての現実はその時、その瞬間の生身の人間だけ。
そういう物事の本質を知る存在は周りにとっては邪魔である。
だからドンジョヴァンニは抹殺された。
ドンジョヴァンニの最後はあまりに悲しかったけれど、時機を得たこの演出は納得がいく。
ロバートカーセンって凄い。
歌手については、マッティのドンジョヴァンニはベルリン国立の来日公演の時ほど好調ではなかったけれど、カーセン演出をしっかり体現してくれた。
マッティでなくてはこのドンジョヴァンニ像を演じきるのは無理だと思う。
スケール(いろいろな意味での)の大きさが重要だから。
ネトレプコは今まで見た舞台の中ではこの役が最もしっくりきた。
フリットリは本来メゾの役柄であるエルヴィーラは無理があるという感じ。
中低音域がかなり厳しい。
エルヴィーラはやっぱり高音にも強いメゾの役柄だと思う。
ターフェルのレポレッロはとても好き。
特にこの演出では彼の崩さない正確な歌い方がぴったり。
ウォータンより絶対レポレッロだ。
あとは絶不調のオッターヴィオ。
なんかこういうタイプの女の子あんまり好きじゃないわ・・・のツェルリーナ。
いかにもアジアンな騎士長の弱い声。
一本調子なマゼット。(そういえば、メトの来日公演ドンカルロの大審問官?)
・・・などと何のかんの言ったって、やっぱりスカラ座はいい。
ムーティ帝王のナブッコが私のオペラ狂いの始まりだった。
バレンボイムさん頑張って欲しい。
今年も残すところ3日。
バッタバタの年の瀬を元気に乗り切り,新しい年を迎えたい。
縁起のいい金の生る木

縁起のいいことに、初めて花がついた。

もうちょっと・・・
お正月には開花するかしら?
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